53、ポケット 【ぽけっと】字書きさんに100のお題 53、ポケット 【ぽけっと】「right hand left hand」 「寒い……」 「冬だからね」 「まだ11月だろ? 異常気象だよ異常気象。平成の氷河期が始まるんだー」 「そんな大袈裟な」 他愛もない話だが、彼女は笑ってくれる。いつの日からだろうか、俺と雪華は一緒にいることが自然になっていた。気がついた頃にはいつも隣にいて、いつも笑いかけていてくれた。 「けど確かに寒いねー……。木ももう葉っぱが一枚もついてないよ」 「この道も冬になって木が枯れるとなんか寂しくなるな」 「けど枯葉が歩道の上を彩って、絨毯みたいだよ」 急に両手を広げ、雪華は走り出す。雪華が一歩踏むと、乾いた枯葉が薄暗い空に音を立てる。俺の遅いリズムと雪華の速いリズムが混ざり、さながら小さなオーケストラの演奏を聴いているようだった。 「へぶっ」 「ちょっ」 唐突に雪華が転倒した。しかも前のめりに顔面から。 「大丈夫か? ってうぉっ!?」 何かに躓き、雪華の二の舞になった、顔に当たる枯葉が刺さって痛い。 「……ぷっ、あはははははっ」 「笑うな。お前もコケただろ」 立ち上がり、衣服にくっついた枯葉を払い落とす。 「ほら」 「ん、ありがと」 右手を差し伸べる。触れた手は冷え切っていて、まるで氷のように思えた。 「手冷たっ。お前本当は今凄い寒いだろ?」 「んーん、ただ冷え症なだけ。今日はたまたま手袋忘れただけだよ」 「そういえばいつも手袋してたっけな」 思い返してみれば、冬になると雪華はいつも手袋をしていたような気がする。 「晃の手は暖かいねぇ……。手が暖かい人は心が冷たいって聞くけど」 「ほっとけ。大体お前の手が冷たい時点でその迷信は嘘だってわかってる」 「うっわひど」 「まぁ、そろそろ手を離してくれないか? 俺の体温が奪われていくんだが」 「だが断る」 「えー」 繋いだ手はそのままで、俺の手の温もりが略奪されていく。打開策は……。 「てりゃ」 「お?」 手を繋いだまま、俺はコートのポケットに手を突っ込んだ。 「その手があったか」 「なら今すぐ俺の手を離して自分のポケットでやりなさい」 「こっちの手はこのままー」 「……まぁいいか、誰かにバカップルって冷やかされるわけじゃないし」 「えへへー」 オレと雪華はいつもこんな調子である。学校でも家でもバカップルと呼ばれ、いつも弄られている。 「今度から左の手袋は要らないかなぁ」 「やめてくれ、オレの精神力が削られる上に俺の手が冷たい」 「拒否権はありません。それにやったのは晃だよー」 「……、お前実は狙ってやったんじゃないか?」 「何のことかなー?」 「……学校の近くではやらんぞ」 「わーい」 ダメダメだ。俺自身甘すぎてバカップルに拍車をかけてる。 「ポケットって結構暖かいんだね」 「ポケットに手突っ込みながら歩くのは行儀悪いんだがな」 「なんでだろうね」 「猫背になって姿勢が悪くなるからじゃないか?」 「う~ん、そんな常識修正してやるっ!」 「いや、無理だろ」 「あっ、今日見たい番組あるんだった!」 「ちょっ、このまま走るんじゃねぇ!」 繋いだ手を離さないまま、走り出した雪華に引っ張られていく。 今日はこんなことがあった、この思い出はこのポケットの中にしまっておくことにしよう。 |